【女性性と男性性】すべてはバランス。カラダの性での役割分担の時代が終わる

こんにちは。
剣れいや(つるぎれいや)です。

 

以前に、

女性性と男性性とは、

カラダの性別のことじゃなくて、エネルギーのことなんですよ

という記事を書きました。

 

ひとりの人間の中に

もともとバランスよく存在しているはずの

女性性と男性性のエネルギー。

 

これを、

男なんだから、こうするのは変とか

女なんだから、こうしなさい

という社会の価値観で

 

発揮できなくしてしまったのが

現代のバランスを崩した社会です。

 

 

だから

男性が、優しかったり、可愛いものや綺麗なものが好きだったりすると

なよなよしている、気持ち悪い、女みたいで変とか言われたり

 

女性が、自己主張していたり、社会的地位を求めていたりすると

可愛げがない、女らしさがない、おとなしくしてればいいんだと言われたり

 

昔はとくに、そういう傾向が強かったと思います。

 

 

 

今は、メディアとか、広告なんかでも

少しずつ社会的な性差(ジェンダー)の扱いが変わってきていますが

 

それでもまだまだ、浸透しきっているとは言い難いと感じます。

 

 

ちなみに、日本におけるジェンダーや、

セクシャルマイノリティに対する理解の低さは

先進国でも最下位くらいだそうで

国連から「なんとかしなさい」って圧力をかけられていたらしいです。

 

さすがに日本のメディアも、動かざるを得なくなったのかな?と考えています。

 

1人の人間のなかの、女性性と男性性のバランスが崩れてしまうと、何がよくないのか?

 

やはり、本来の自分らしさではないものを基準にしているので

ストレスが溜まります。

 

そのストレスは、社会に蔓延した先に

「受け止める性質」が強い方つまり、女性性の強い方(女性も男性もそれ以外の性も含む)に向かっていき

そして最終的には、子供たちに向かってしまいます。

 

子供は、大人をよく観察しています。

そして、大人が思っている以上に、敏感に様々な事情を察知します。

 

必要以上に我慢したり、きもちを抑圧したり、大人の世話を焼いたり・・・。

 

なので、子供の頃から、大人たちのストレスを間近に感じて育つと

子供達が大人になった後も、ずっと生きづらくなってしまうのです。

 

 

自分は存在しているだけでは喜ばれないのだから

なんとかして役に立たなければいけない。

そうしなければ、存在する価値がない。

 

 

そう考えてしまうということは、自分の存在の根底に、不安があるということです。

 

そんなふうに大人になって

社会をつくる側にまわったとき

 

無意識に「不安」を原動力にして動いてしまいます。

不安を基盤にして、社会をつくっていく大人たち、になってしまうのです。

 

そして、その不安な社会からストレスを受けた大人たちは

ストレスを抱えたまま家に帰って、ときにストレスをぶちまけてしまうのです。

 

わたしなりの理想の生き方

わたしたち、ひとりひとりが

幸せに、自由に、楽しく生きるためには

何が必要なのでしょうか。

 

私なりの答えは、

 

自分らしさを思い出して

社会の基準ではなく

自分にとって、しっくりくる生き方をし

その感覚に合う人たちと

共にあること

だと考えます。

 

 

日本は特に

「空気を読め!」

「周りに合わせろ!」

という風潮があるので、

 

私みたいな人間は奇人扱いされがちですが

 

いつの時代も、

常識を超えて生きようとする人たちは

狂人あつかいされてきました。

 

私は、狂人でも奇人でも変人でもいいから

幸せに自由に生きたい。

そう思いました。

 

自分だけの生き方を貫いたら、

新しいスタンダードになる。

それは自分にとってのスタンダードであって

他の人に押し付ける必要もないし

合わない人とは、離れればいいだけ。

 

 

 

 

私としては、

ひとり、自由に旅するように生きながら

 

同じ感覚の仲間と、日本中、世界中

いろいろなところで会い、交流を楽しむ。

そんな生き方が理想です。

 

 

自分が社会の基準に合わせていたら

いつまでたっても、

そのままの社会が継続されてしまうから。

 

自分にとって、心地よい生き方を追求していこうと思っています。

 

自分らしさを思い出す


これまでの日本は、その人らしさ、ではなくて

「女らしさ」「男らしさ」で判断され

暗黙の優劣をつけられてしまう傾向があったと感じます。

 

だから、大人になって、なんだか息苦しくて

自分らしさを探そう、発揮しようと思っても

 

「じぶんらしさ」が分からないことが多いのかもしれません。

 

女性性と男性性のバランスがとれたら、

自然と「自分らしさ」が分かるようになります。

 

バランスがとれると、

びっくりするくらい体が軽くなっていき

これまで悩んでいたことがウソのように動けるようになるから。

 

バランスを取り戻しはじめた頃の私は

チャレンジしたかったことは、考えるより先にチャレンジする!

くらいのレベルで、うれしさのあまり(笑)動き回っていました。

 

これまで長い間苦しかった方ほど、解放されたときの爽快感はすごいと思います。

 

多くの方にその開放感をかんじてもらいたいので、今後もそのために活動していきたいと思います。

 

 

それではまた。

 

剣れいや(つるぎれいや)

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