身体が理解してきたことを思考が否定する

身体は考えている。

外側の世界から常にフィードバックを得て

身体なりの答えを出している。

 

私の思考は、常に身体を無視したがっていた。

おそらく、思考は

身体が出した結論を聞きたく無いんだろう。

 

思考は、虚構を作り上げ、その世界に安住したがる。

身体は、常に現実にどっぷり浸かり、もがいている。

 

切り離して、楽になりたい、と思う気持ちがそこに出てくる。

 

バランスを取るのか、どちらかに全振りするのか

めまいがするほど悩んでいても

自分が一体何を悩んでいるのかすら、自覚できていないこともある。

 

思考は、はやく結論を出して楽になろうとするし

身体は、今に集中することだけを望む

 

葛藤に疲れてすべてを投げ出したくなっても

すぐに、両者のせめぎ合いが頭をもたげてくるのだ。

 

だから、外側の何かしらのゴタゴタに巻き込まれて

外側のせいにしていたいのだ。

 

「だって〇〇だから、それどころじゃないんだよ」

とか言って。

 

自分と向き合うって、「言うは易し」で

結局は、習慣的な生きグセに引き戻されがちだ。

 

でも、そこをあらがいたい。

「はいはい、やっぱりそうなりますよね」

といつものパターンに戻るところから、巻き返しを図るんだ。

 

 

 

剣れいや

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