久々にメール整理していたら、過去に登録していたビジネス系のメルマガが、迷惑フォルダに振り分けられているのに気づいた。
ついでに、内容をちょっと読んでみた。
当時は尊敬していたし、今もすごい人だとは思っているけど、メルマガの内容をざっと読んだだけでも、ところどころで「あれれ?チャッピー?」と思ってしまう。
つまり、AIで書いてるんだなーと気づいてしまうのだ。
Chat GPTって、現時点では(それほどねちっこい設定にしていなければ)基本的な思考パターンがあって、ものすごいロジカルでシンプルな表現をしてくるんだけど
その言い回しが独特なもんだから、Chat GPTで生成して、あまり手を加えないで公開している人の文章を見ると、「あ、AIだな」って分かるようになってきてしまった。
10年前から読んでいるメルマガ配信者の人たちの文章だから、以前のノリと違うと違和感が半端ない。
なんというか、文章に滲み出る「その人の思考の癖」みたいなものとかが味わい深くて、この人らしい文体だな、という感じで楽しんでいたからだ。
文章は、その人そのものだ。
呼吸とか、感情のうごきとか、
暑苦しいところとか、冷めたところとか、
今日は疲れてんのかな、とか
今日はやけに気合い入ってるな、とか
時にグサっときて反省したり
時には涙したり。
一語一句に時の流れが凝縮された重みを感じ、
胸に込み上げるものがあったからこそ、解除せずにずっと登録してあったメルマガ。
そんな人たちの「手跡」みたいなものが、最近はめっきり感じられなくなってしまったのだ。
まあ、情報だけ欲しい人たちにとっては、いいんだろうな。
精査されて、よりロジカルに無駄なくミニマムになったら
思考も整理されやすいし、時短になるんだろう。
効率的だ。
私は多分、そういう効率至上主義みたいなことが真似できないんだ。
実際、なんどもチャレンジしたけど、結局挫折した。
今、夜中の1時半に書いているこのブログ記事だって、AIに要点だけ伝えて書いてもらえれば、秒で終わる。
そのぶん、睡眠時間を確保できる(笑)
そんな賢い生き方が、私はできない。
人間ってなんなんだろう、
人間であるってどういうことなんだろう
人間である自分って、一体何者なんだろう
それがずっと、子供の頃から謎で仕方なくて、色々な知識をむさぼってきた。
だから余計、人間であることの意味について疑問が生じると、敏感に反応してしまうのかもしれない。
私があこがれ、尊敬してきた人たちの言葉が、私にとって味気なく感じたとしたら、それは時代性というものなんだろう。
本当は、そこには良いも悪いもなくて、その人や組織の目的や意図と合致し、機能していればそれでいいんだ。
私がその人たちに憧れるフェーズは卒業を迎えたってことでもあるよなと思う。
みんなそれぞれ、自分のルートをたどりながら、進化していくわけだ。
卒業というものは、一抹の切なさを伴うものなんだろう。
これまでありがとう。お世話になりました。
そう言って、新たな旅路へと向かうことにした。
剣れいや


「ちょっとがっかりしたこと。10年前から読んでいるメルマガ配信者の人たちの文章が、どんどんAI化してる件」へのコメント
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