罪悪感の世界から飛び立とう。「助ける & 償う」を卒業する

こんにちは。
剣れいや(つるぎれいや)です。

 

昨日、虹の柱を見ました。

 

季節が移り変わると、空の景色も変わっていきます。

 

最近、私も含め、私の周りの方にも、様々な変化の波がやってきています。

 

その中で、特に印象的なのが

「いのち」

とか

「生きる」

というテーマでした。

 

長年家族同然だったペットを亡くされる方

大切な人、親族や友人が、命に関わるような状況に直面する方。

 

自分自身の心身の不調が表面化する方。

 

これらはとても深く、重みのあるテーマだからこそ

いちばん注目してもらえるように、人生のここぞという時期にクローズアップされるんだろうと思います。

 

 

 

いのちとは何か

生きるとはどういうことなのか

なんのために生まれてきたのか

何をして生きていくのか

 

 

人生の転機がおとずれると

そんなことを考えさせられます。

 

 

 

 

そして、今回の記事でお伝えしたいことがあります。

罪悪感の世界から卒業するということです。

 

罪悪感の世界から卒業する

 

私は「罪悪感」というものを、最も必要ない感情だと思っています。

 

 

罪悪感が生まれるのは
納得いかない状況や、理不尽な扱いなどを経験したときです。

本音では混乱し、怒りと恐怖でいっぱいになっていますが、その状況から脱出することができない場合

「私が悪いのだ」と思うことにより、自分を納得させようと努力します。

 

 

そうやって生まれるのが罪悪感です。

 

 

「自分が悪いのだ」と思い込んでしまった人に対し

真犯人は、とっくの昔にこっそり逃げているか、

被害者のフリ、もしくは救済者のフリをしているかもしれません。

 

もし罪悪感を感じていることがあれば、本当にそれは自分の問題だったのかどうかを、じっくり掘り下げる必要があります。

 

 

 

もし、思い込みではなく本当に

「私が間違っていた」

と思うような事があるならば

 

なおさら、

罪悪感を持ち続けることは不要です。

 

 

本気で後悔していること

「私が間違っていた」と思うことがあるなら、

 

その行為に至った自分の価値観や、当時の心境を根底から見つめ直し

 

自分の「本音」と出会い

自分の本音と向き合いきれなかった自分と、さらに向き合っていきます。

 

自分自身と、時間をかけて和解するのです。

 

 

そうして、過去を精算し

心の底から、ハラの底から生まれ変わって生きていくことの方が

 

罪悪感を持ち続けるより

何百倍も大切だと、私は思います。

 

 

 

罪悪感というものは

自分の脳内で、自分と相手を同じ地平に縛り付けます。

 

罪悪感があることで

すべてを「私が悪かったから」という理屈でまとめあげることができます。

 

そうすると、

自分自身の行動や成長を止めてしまうのです。

 

 

大切なのは、罪の意識を持ちつづけることではなく

 

加害者と被害者、という図式から離れること。

 

そして、自分の責任を自分で引き受けて生きる、自律という生き方にシフトすることです。

 

 

 

そうすることで、しっかりと自分の足で立てるようになります。

 

 

自分の足でしっかりと地面に立てたとき

罪悪感からくる看板を背負う必要もなく

誰に寄りかかる必要もない。

誰の評価にも縛られなくなる。

 

これが、私のブログでいうところの「自由」です。

そして、一人一人がこの状態に向かっていくことで、ハラスメントという存在が必要なくなっていくと私は考えています。

 

罪悪感を持っていたころの私

 

罪悪感は、持ち続けることで、人生を混乱に陥れます。

 

私は無意識に罪悪感を持っていた頃、「申し訳ありませんでした」を鬼のように連呼する人生を歩んでいました。

一日中罵声を浴びるクレーム対応をして精神を病み、思い切って転職したのですが、今度は「クレーム対応」をして回る業者のサポート・・・

 

ある時私は、ふと考えました。

 

私はなぜここまでして「償う」ことばかりやっているのだろう。

 

そして、自分が隠し持っていた罪悪感について探り始めたのでした。

 

罪悪感の世界から卒業する大切さ

 

罪悪感を持っていると、

無意識に「償わなくては」「助けなくては」という意識で生きることになります。

 

すると、不思議なことに

「償わなけれないけない状況」がやってきたり

「助けるべき人」が現れたりするのです。

 

 

これは、無意識に「やらなければ」と強く思うことで、引き寄せているとも言えます。

 

 

つまり、ほんとうは「やらなくていいこと」だけど、

余計なものを持っていることに気づく必要があるから、一時的に引き寄せているのですね。

 

 

 

目の前の人を救うことでいっぱいいっぱいになっていると

 

自分が使命感に燃えているヒーローのような気がしてきたり

自分がようやく何かを償えている気がして安堵感を感じたりすることもありますが

 

 

それらはすべてニセモノの感情です。

(援助職の人が陥りやすく、メサイアコンプレックスとも呼ばれます)

 

 

ひとりひとりの魂は、自分の夢見た人生を生きるために、肉体を持って生まれてきています。

 

自分が心からやりがいを感じ、いくらやっても疲れず、それをしているだけでエネルギーが湧いてくるようなこと。

それが、結果的に仕事になって

だから、仕事をしていると感じないくらい、自然にやっている。

 

それが、魂が望んでいる人生です。

 

 

 

なので、他人の都合に振り回されていると、魂と肉体の間に温度差が生まれていきます。

 

その温度差が、あらゆる不調につがなっていくのです。

 

 

 

 

罪悪感を探り当てるために

自分自身を掘り下げることは

時間がかかることかもしれません。

 

 

しかし、罪悪感を持ち続けていると

心は重く、行動するエネルギーも湧いてこないので

本質的な意味で、地に足のつかない人生になりがちです。

 

 

 

時間をかけてもいい。

 

自分の内側の不要なものを見つめ、

ひとつづつ整理していくことができれば

心は軽くなり、逆に足元がしっかりしてきます。

 

そうすれば、まっさらな人生を、自分の手で創り出せるようになるのです。

 

本当にやりたかったことが見つかるし

自然体で生きられるようになります。

 

 

これからの時代は、航海のようなもの。

自分の船には、最低限必要なものだけ載せる旅です。

 

 

余計なもの手放して、身軽になっていきましょう。

 

剣れいや

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この記事を書いた人

「枠を超え、変化し続ける」を実践してます。

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