自由とはハードな世界。ニワトリの冒険

 

間違いがない

失敗がない

苦しみがない

迷わない

悩まない

 

 

そんな人生を想像してみた。

 

 

 

 

不自由な世界は、ラクな世界。

 

オリの中で生きている

養鶏場のニワトリ

 

居場所も、餌も与えられ

自分で動かなくとも

雨をしのぐことができ

敵から命を狙われることもない

 

対する

 

自由な世界とは、痛い世界

 

まず最初に、

自分が絶望的な状況にあることを知るところからのスタート

 

ある日ニワトリは

自分の末路を想像し

居ても立ってもいられなくなり

スキをみてオリを飛び出した。

 

不自由な世界から、自由な世界に行くことは

養鶏場から逃げ出したニワトリ状態。

 

自分で探さなければ餌は見つからない。

自分の身を守れなければ敵に食われてしまう。

そんな世界にショックを受ける。

 

真の自由は、野生のサバイバル。

自分なりの生き方を見つけるまでは

ひたすら試行錯誤しかない。


そして、恐怖にかられ

誰かの答えにすがりたくなる時ほど

自分の足が、最初に目指していた自由とは逆向きであることに

 

気づかない。

自由を求めて飛び出したときのことを覚えているだろうか

 

オリから出たい…

オリから出よう。

オリから出た!!!!!

 

しかし、オリから出て

最初に体験する試練がある。

 

初めて自分の願望で踏みしめた大地の

あまりの大きさと、荒漠と拡がる風景。

 

エネルギッシュに生きる

見たこともない、たくましい生命たち。

 

それとの対比で感じる、己のちっぽけさ。

 

その、己のちっぽけさが辛すぎて

もとの世界のお気楽さが恋しくなり

またオリに入りたくなる。

 

同じオリに戻ったら気まずいけど

違うオリに入れたなら「変化したじゃん」て自分に言い訳できるから。

 

でも

本当はどうしかたった?

本当は何を求めていた?

 

 

自由とは、どういうことなのか?

 

挑戦する

失敗する

苦しむ

悩む

発見する

進化する…

 

それらを経験できる世界に生きること

 

 

 

不自由とは、どういうことなのか

 

誰かが与えてきた答えで生きることなのか

誰かに責任を取ってもらえることなのか

迷うことなく歩けることなのか

悩むことなく歩けることなのか

その誰かに追従しさえすれば。

その社会の

その組織の

その常識に当てはまりさえすれば……。


ほんとうは、

もともと選んでいるということに気づきたくないのかもしれない。

 

ほんとうは、

社会や誰かのせいで、こうなってると思いたいのかもしれない。

 

苦しむ自由も

挑戦する自由もある。

 

オリに入る自由も

ラクをする自由もある。

 

ほんとうは好きな方を選んでいい。

その自由さが、怖いのかもしれない。

 

自由ってことは

『最終結果の責任が自分にある』ってことだから。

 

 

すべて引き受けて走り出すというのは

養鶏所そだちのなまった身体には

少々こたえる…

 

 

それでも尚、自分で選択しようと挑戦したら、

どうなるのか?

 

『最終結果の責任が自分にある』ことに気づき

それでも野生で生きることを決めたニワトリは

一体、どう生きていくのだろう。

 

そこには

養鶏所に居たときには描けなかった

新たなストーリーが見えてくる。

 

野生になったニワトリのストーリー


あるニワトリは

小さな挑戦と

小さな成功体験を積み上げて学習し

野生のニワトリとしての、自分なりの生き方を確立していくかもしれない。

 

 

あるニワトリは、

後輩の脱出組に対して

養鶏場から出たあとの生き方を説いていくリーダーになるかもしれない。

 

 

あるニワトリは、

野生のニワトリとしての生き方をひととおりマスターしたが

ここではない未だ見ぬ世界に好奇心が沸き

新たな新天地を求め、旅に出るかもしれない。

 

 

生き方に、良いも悪いも無い。

皆、能力や、興味の違い、向き不向きがある。

 

だから、

サバイバルが向いていないと感じ

養鶏場に戻るという経験をするニワトリも、それはそれで自由な選択肢。

 

 

野生を諦めたニワトリのストーリー

 

野生を諦めたニワトリが養鶏場に戻ったら、

これまでと同じことを繰りかえすのだろうか?

 

そうかもしれない。

過去を悔やんで自分を責めているならば。

 

過去を悔やむのはなぜか?

自分の選択は失敗だったと判断するからだ。

 

過去の選択のすべてを

成功か失敗かでとらえると、行き詰まる。

 

しかし、過去の選択のすべてを経験としてとらえたとき

自分に提供できることが見えてきて

やりたいことが見えてくる。


そしたら、

養鶏場に戻ったあとも、色々な道があることがわかる。

 

あるニワトリは、

養鶏場の環境がしんどいという自分の想いに気づけたことで

既存の養鶏場のシステムに改革を求める、革命家になるかもしれない。

 

あるニワトリは、

自分だけの力では成し遂げられないことがあると気づき

望む未来を掲げて有志をつのり、脱出計画のリベンジを謀るかもしれない。

 

あるニワトリは、

養鶏場の外の世界を知るものとしての立ち位置から

冒険潭を語るストーリーテラーになり

退屈な養鶏場ぐらしの仲間に、しばしのエンターテインメントを提供するかもしれない。

 

自由も、不自由も、実は自分で選んでいたこと。

ためしに、そう仮定してみる。

いちど、認めてみる。

 

そこから見える景色があるかもしれない。

 

そしたら

もういちど、何を求めていたのか、自問してみる。

プチ脱出をして、養鶏場の屋根に登ってみたりしながら。

 

挑戦しなかったのは

失敗を怖れていたから。

 

でも

失敗という言葉の本質に気づいたら

きっと、違う選択肢が見えてくる。

 

大きな一歩など存在しない。

どんな出来事も、始まりは、

信じられないほどの、小さな一歩。

 

 

剣れいや(つるぎれいや)

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