【ART】居心地のいい場所は、もう古くなっていないか?

 

表現するということは

芸術家になることではなくて

ただ、まぎれもない自分が感じたことを受け止めること。

イヤな感覚も。

弱い自分も。

苦しみや憤りも。

自分の感じている事をジャッジせずに

ただただ表現すること

それが純粋なアートになる。

それは、

自分の生き方をアートにできるということ。

誰かに認められるからアートなのではなくて

​純粋な想いこそが、アートである。

 

剣れいや


 

先日、草間彌生と山口小夜子のドキュメンタリー映画を観てきました。

 

前衛芸術家の草間彌生と

世界のトップモデルから自分の表現を突き詰める道に進んだ山口小夜子。

 

表現者として生きることを諦めず

オンリーワンである生身の自分で勝負し

世界の頂点まで突き抜けた人たち。

 

突き抜けるというのは

周りから浮くことを怖れないとかの次元の話じゃなくて

 

自分自身の壁をぶち破って

新たな可能性へと正しく手を伸ばすことなんだ。

そう感じました。

 

自分の道を極めることで

世界の形を

宇宙の形を知っていく

 

そして、

その先に立ちはだかる

古い自分をぶち破って

自分の外側に広がる世界へと挑戦していく。

 

その後ろ姿を見ていると

私が諦めてきたものが透けて見えてきました。

 


 

あるとき、作品を批判されたことがきっかけで

それから、あまり創らなくなった。

 

表現することから逃げつづける日々。

 

社会に求められるものさえ、こなしていれば

それなりに評価されるから…と。

 

でも、

感じないようにフタをしていただけで

表現したいという想いは、無くならなかった。

 

今、

いろんな世界にアクセスしたい、創りたいという想い

内側からわき出してくるものがある。

 

その想いに素直に体をまかせたとき、この記事の画像のイメージを素直に生みだすことができた。

 

どう思われようと、どう評価されようと

私は私の表現したいものを表現しようと思う。

 

道が険しくても、自分に正直に生きる。

 

そこでは、誰も道を指し示してはくれない。

 

それでも

道なき道を進む。

 

岩や崖が待ち構えているかもしれないけど

 

孤独だけど

 

先人達が通った道を思うと、気が引き締まる。

 

やっぱり挑戦しつづける人生は、楽しい。

 

もっともっと、自分自身の内側に広がる道なき道を、切り開いていきたい。

 

 


 

剣れいや

 

 

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