【ノートルダムの鐘】のヴィランズ。フロロー判事の恋??女性性と男性性のバランス

こんにちは。

剣れいや(つるぎれいや)です。

 

ハロウィンシーズンなので、実験的な試みを少々。

 

ディズニーの悪役、ヴィランズ達の闇の部分を

「女性性と男性性のバランス」の観点からみてみようと思います。

 

ネタバレ含みますのでご注意くださいね。

 

 

今回は「ノートルダムの鐘」でいきます。

(”今回は”とか言って、続くのかどうかは、わかりませんが;)

 

映画「ノートルダムの鐘」は、

冒頭から漂う暗澹たる雰囲気、いきなりの登場人物の死の描写など、

ディズニー映画としては異色の演出が特徴的な作品ですね。

 

そんな「ノートルダムの鐘」のヴィランズ

「フロロー判事」の恋??に焦点をあててみます。

 

ちなみにこの記事は、映画のストーリーの解説記事ではありません。

 

登場するキャラクターの、女性性と男性性のエネルギーをひたすら分析するという非常にマニアックな内容ですので、ご了承ください。

そして、女性性と男性性のバランスが軸になっているので、とにかく話がいろいろ飛びますので、そこもご了承ください
^^;

 

さて、エスメラルダに恋をして自制心を失った(もともと失っていたけど、さらに暴走した)フロロー判事に、一体何が起きていたのか?

女性性と男性性のエネルギーという視点から探ってみましょう。

 

女性性と男性性のエネルギーは、相反するエネルギーであり
どんな人の中にも、その相反するエネルギーが存在しています。

 

そして女性性と男性性のエネルギー

女性性には2種類
水の女性性
地の女性性

男性性にも2種類
火の男性性
風の男性性

という

合計4種類のエネルギーの性質があります。

 

女性性と男性性のエネルギーバランスが整っていくと、人生は良い方向に向かいますが

バランスが崩れると、徐々に破滅的になっていきます。

 

フロロー判事がたどった破滅への道は、一体どんなものだったのか?

女性性と男性性のエネルギーバランスをもとに、探ってみることにしましょう。

 

フロロー判事の「冷徹な風の男性性エネルギー」

「ノートルダムの鐘」のヴィランズであるフロロー判事は、疑わしきは罰するタイプ。人の死や痛みに対しても眉ひとつ動かさない、冷徹な判事でした。

そして、それこそが正義だと信じて疑わなかったわけです。

 

そういった歪んだ正義感を暴走させるのは

風の男性性エネルギーが過剰になったときです。

 

もちろん判事ですから

善悪、正誤を判断し、裁くのが仕事であります。

 

しかし、重要なのは

その判断基準がどこにあるのか?というところです。

 

ディズニー映画「ノートルダムの鐘」は、15世紀のパリが舞台で、カトリックの全盛期だったようですが、当時は人間の本能的な欲求を悪しきものとする風潮が、ことのほか強かったかもしれません。

 

欲求は、火のエネルギーであり

生命力、生き残るための本能的なエネルギー。

 

そして、抑圧するほど暴走するという性質があります。

 

 

 

もちろん、ものごとにはすべて二面性があります。

火のエネルギーのいい面が発揮されると

 

エキサイティングな感覚
わくわくする感覚
楽しい恋愛感情
前向きな感情
好奇心や冒険心

 

など、人生を楽しむために必要なバイタリティをもたらしてくれる、大切なエネルギーです。

 

 

フロロー判事は、祭りの観覧に出席することに対して

「あれは仕事だ。楽しんでなどおらん」と主人公のカジモドに言い放っていました。

 

フロロー判事は、戒律にもとづいて規律正しい生活をすることだけが正しく善良であり

羽目を外して楽しむことは、馬鹿げていて俗悪であると信じ、「人生の楽しみ」を軽視しているようでした。

 

冷めた判事に火をつけたジプシーの踊り子エスメラルダ

火のエネルギーは、ときに燃え上がるような恋愛感情をもたらします。

主人公のカジモドをはじめ、フロロー判事をも魅了した、この映画のヒロインであるエスメラルダは、火のエネルギーをもっていました。

 

恋愛のエネルギーは、大きく分けて

火のエネルギーと、水のエネルギーに分けられます。

 

火のエネルギーによって生まれる恋愛感情は、短期間で燃え上がる性質をもっています。

そして基本的に、火のエネルギーはパワフルで強烈。
理性で抑えることが難しいものです。

火の恋愛感情は、獲物を狙う野生動物のような、本能からくるハンティング系のエネルギー。

「欲しい」「独占したい」「獲得したい」と感じるエネルギーであり、とにかく強烈な恋愛感情となります。

 

対して、水のエネルギーで生まれる恋愛感情は、溺れていくような感覚になります。

こちらは、しっかり足場を確保して立っていないと、引きこまれるようなミステリアスさによってどこまでも相手の魅力にハマってしまい、底なし沼に沈んでいきます(笑)

水の恋愛感情は「ひとつになりたい」「溶け合いたい」という、一体化を求めるエネルギー。相手と自分の境目がどんどんなくなっていくのです。

 

映画「ノートルダムの鐘」のヒロイン、エスメラルダは、まさに火のエネルギーの魅力をもった女性。

火のエネルギーを持つ女性は、正義感がつよく、サービス精神旺盛で情熱的。大胆で自己表現が得意です。

そんなエスメラルダに、登場する男性陣はことごとくハマっていくわけですが・・・

 

今回はフロロー判事に焦点を当てているので、そこのところを掘りさげてみますね。

 

風のエネルギー×火のエネルギーは燃え広がる。

エスメラルダは、フロロー判事の冷めきった鋼の心に火をつけました。

 

と言ってしまえば、話はスムーズですが

 

私の見解では、心に火がついたわけではないと思います。

 

心で感じる恋愛というのは、エネルギー的に言えばハートからのエネルギーが循環を始める現象であり、多少なりとも相手を想う気持ちが生じ、二人の間で循環を起こします。

 

しかし、フロロー判事の行動を見る限り、ハートの領域のエネルギーは微塵も機能していません。

 

なのに、なぜフロロー判事はエスメラルダに恋い焦がれているかのように感じ、突き動かされるように暴走し、エスメラルダを手に入れるまで街を焼き尽くしていったのか?

 

実は、フロロー判事が暴走したのは、

抑圧していた「欲求」に火がつき、燃え上がり、衝動に駆られたためなのです。

 

そして、原動力は「執着心」でした。

これは、本能の部分に火がついた現象です。

 

ハートの領域が閉じたままだと、思いやりをもって相手との交流を求めるのではなく、衝動的に相手から奪おうとする行動になります。

 

この現象を例えるならば

ずっとエサを与えずに閉じ込めておいた野生の獣が、檻から解き放たれたような状態です。

そんな飢えて渇望した「衝動」なのですから、相手を想う余裕なんか無いわけです。

 

その証拠に、フロローは最後までエスメラルダを思いやる気持ちは皆無で、相手を思い通りにしたいという暴力的なまでの要求を彼女につきつけ、追い詰めていきました。

 

ラストシーンで、フロローがエスメラルダを魔女として火刑に処する寸前に

「私のものになるか、もしくは死か、選べ」と迫ります。

 

これは「執着心」のなせる技です。

 

この記事のタイトルが「フロロー判事の恋??」という疑問形なのは、これが理由です。

 

愛と執着は、似ているようでいて、真逆のベクトルをもっているのです。

 

正直言って、この映画の中で精神的に大人な「恋」をしているのは主人公のカジモドくらいかなと。

彼は、自分の容姿のコンプレックスから、自己否定的になっていましたが、エスメラルダに一人の人間として丁重に扱われたことで「ひょっとしたら、こんな自分でもイケるんじゃないか」とワクワクしていました。

しかし、物語の後半で、エスメラルダの恋心が自分には向いていないことを知り、ショックを受け、エスメラルダを助けにいくことを一瞬躊躇します。

ここが、彼がダークサイドに堕ちるかどうかの分かれ道だったわけです。

もし、ここでカジモドが、

「エスメラルダの心が自分のものにならないのなら、彼女を助けにいく意味はない」と引きこもってしまったら、エスメラルダを見捨てることになったわけです。

 

もし、そうなれば彼の恋愛感情は「愛」ではなく「執着」となり、

「思い通りにならないのなら、相手はどうなっても構わない」という、フロロー判事と同じ行動基準になったわけです。

自分で手を下すか下さないかの差だけで、行動基準は「相手の幸せよりも自分の欲望」ということですね。

 

でも、最終的にカジモドは「僕はどうかしてた!」と目が覚めたので、憎き恋敵と一緒に、エスメラルダを助けに向かったのですね。

 

火の暴走を止めるのは、水と地のエネルギー

ハートで感じる恋愛のエネルギーは「水のエネルギー」です。

 

水のエネルギーは、確かに過剰になると

溺れるような恋愛感情を生み出したりもしますが

 

共感する、同じ感覚になる、という性質があるので、相手の気持ちや痛みを想いやることができます。

 

一人の人の中の、火のエネルギーと風のエネルギーが暴走すると、フロロー判事の暴走のように、欲望の火が街を焼き尽くし、その火を風があおる形となり、どんどん燃え広がっていきます

(戦争のエネルギーも火と風です)

 

火は過剰になると、容赦ない無差別的な暴力となり

風は過剰になると、手段を選ばない残忍な戦略となるのです。

 

ちょっと話は飛びますが、

ナチスドイツのロンメル指揮官は、敵軍とも友好関係を持とうとしたことで有名であったといいます。

フェアプレーを好み、戦争は殺人ではなくゲームなのだからルールに則るべき、という信念のもと、ヒトラーの指示に反して、オフの日などは敵軍と仲良くしていたようです。

そんな彼は、水のエネルギー性質を持っていたのではないかと思います。

 

敵をも味方につけてしまう性質は、水の女性性の性質の特徴です。

(のちほど美輪明宏さんのエピソードでも触れようと思います)

 

あれ?

どんどんノートルダムから遠ざかっていますね!!

ちょっと舞台をパリにもどしましょう。

 

こうしてフロロー判事は、エスメラルダへの執着心からくる欲望の炎によって、ますます自らのコントロールを失っていきました。

 

自制とコントロールを失った先にあるのものはただひとつ、破滅です。

 

こうしてフロローは、誰にも止められないところまで狂気の限りをつくして暴走し、一切の理性を失って自滅していったのです。

抑圧した願望に火がつくと、こういうことが起きます。

 

「いやいやまさか、そんなこと物語の中だけでしょ」

と思われるかもしれません。

 

もちろん、街を焼き尽くすような暴挙とまでいかなくても、コントロールが効かなくなるという現象は、実際に起きます。

 

人は、願望を抑圧しているときは気づかないものです。

そして、火がついてからは一瞬でゴーッと燃え上がってしまうので、正直、気づく暇がありません。

 

 

ひょんなきっかけで火がつき、欲望を自分でコントロールできない状態になってしまうこともあります。

「私は暴走して、破滅に向かいたいんです!」という方はいいのかもしれませんが(いいのか?)

 

そうなりたくない場合は、どうすればいいのでしょうか?

 

まずは、自分が願望を抑圧していることに気づく必要があります。

 

願望を抑圧していると、どうなるのか?

・無気力
・無感動
・自分の感情がわからない
・何を感じているのかわからない
・イライラする
・文句を言いたくなる
・相手をコントロールしたくなる

 

もし、心当たりがあるなら、ちょっと要注意のシグナルが出ているということです。

 

自分で自分を満たすことにOKし

自分の感情をちゃんと認めて

自分が楽しむことを許可して

本当は何をしたいのか、何を感じているのか

 

それを感じてあげましょう。

 

 

要は、自分への癒し。

自分へのご褒美が大切なんです。

 

 

感情を感じる

水の女性性エネルギー

ありのままの自分をみつめる

地の女性性エネルギー

 

それら女性性のエネルギーを使って、ありのままの自分自身と、自分の感じていることを受け入れることができれば

 

乾いて暴走しがちな火と風のエネルギーに、潤いをもたらし、落ちつかせてあげることができます。

 

 

フロロー判事は、ずっと自分の感情を感じることもなく、自分の願望を認めることもなく、自分を抑えて生きてきたのかもしれません。

 

輪廻転生が本当にあるのかどうか、私は知りませんが、

人は、生まれ変わる時には、前世で達成できなかったことをやるために生まれてくるんだと聞いたことがあります。

 

もしかしたら、フロロー判事は生まれ変わったら、道化の団長になっているかもしれませんね。

いやむしろ、エスメラルダのような、情熱的な踊り子だったりして・・・

 

 

てなわけで、また思いついたら何か書こうと思います。

ではまた!

 

 

剣れいや

 

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この記事を書いた人

「枠を超え、変化し続ける」を実践してます。

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