頭で分かってても、できないのは当たり前。変化ではなく、変貌するために。

頭で分かってても、体がついていかない。

頭では分かっているけど、できない。

 

それは、当然のこと。

 

なぜなら人は、

「私は頭で考えて動いている」と思っているだけで

 

本当のところは

感情とか、習慣とか、

自分の意思ではどうにもならないものに、突き動かされているんだ。

 

 

だからこそ「頭で分かっていても動けない自分を」責めてはいけない。

 

「なんで、せっかく学んだことができないんだろう!」

「なんで分かっているのに、正しいことができないんだろう!」

 

そう感じていると、いつのまにか

「自分内の男性性DV」が起きてしまう。

 

 

「男性性」というエネルギーは、

ものごとを判断したり、成し遂げたりするために必須の

外に向かっていくエネルギーだけど

 

それを、無意識に、自分を責めることに使ってしまっていると

 

どんどんやる気がなくなり

元気がなくなり

 

ついには、

痛みに耐えられなくて

ココロを麻痺させて

無感覚、無感動になって

鬱になってしまう。

 

そうすると、強い刺激にしか

反応できなくなり

 

自分の心の奥が望んでいる本当の幸せよりも

 

手軽で、すぐに気を紛らわせるような

「手っ取り早い刺激」の中毒になってしまう。

 

それは、心のジャンクフードみたいなものなんだ。

 

自分のほんらいのエネルギーが、どんどん弱体化してしまう。

 

 

最大の敵は、外側にはいない。

自分の中で、しらずしらずのうちに自分を責め

エネルギーを奪っていく「自分内暴力」こそが真の敵。

 

 

だからこそ、立ち止まって、知ろうとする。

 

 

今、自分が何を感じているのかを。

 

 

もちろん、自分の気持ちなんて、すぐには分からない。

ずっと無視してきたココロは、すぐには打ち解けてくれないから。

 

だから、1日10分でも、3分でもいいから

 

自分に、ココロをみつめる時間を与えてあげてほしい。

 

 

 

癒しって、簡単に手に入るものじゃない。

簡単に得られる「癒し」は、一時的だ。

 

 

時間をかけて、自分と向き合って

自分を許していく。

自分で自分を許す。

それでしか、癒しは起きない。

自分が幸せになることを、許可してあげるしかない。

他でも無い、自分自身が。

 

 

そうはいっても、やっぱりできない。

たとえ頭で理解しても

 

ココロはすぐに口を閉ざして引きこもるし

頭はまたカンタンな快楽をもとめて暴走しようとする。

 

 

だから、最後は、

とことん「やりつくす」

 

今、しがみついているものに

とことんしがみついてみる。

 

 

たとえば

部屋が散らかっているなら、

「なんで片付けられないんだろう!」

って自分を責めるんじゃなくて

もっともっと散らかしてみる。

 

それを、自分の意思でやるんだ。

 

気がすむまで。

 

部屋を散らかすのは、自分の内側に目を向けないための作戦であり

その部屋が、自分にとっての安心できる場だったりする。

 

だから、断捨離ブームだからといって

無理やりきれいににしようとすると、

苦しくなって、感情が揺さぶられ、ココロが撹乱される感じがする。

 

 

精神安定剤を打ち切られる感じだ。

 

 

感情は、押し込め抑圧するほど、意地でも出てこようとするから、ついにはコントロールが効かなくなる。

 

そして限界がきたら、爆発する。

 

それが

「衝動的にやってしまう」という現象。

 

そうなるまで待つこともできる。

 

だいたいは、限界に来ると

「怒り」や「絶望」を感じるようなトラブルという形で、「それ」は外側からやってくる。

 

でも、

「感情を出す」ことを自分が許可して、

自発的に「めちゃくちゃ」をやることができれば

 

心のなかの静かな領域で、それを見守ることができる。

 

 

やりたいことは、やればいい。

ダメな自分なら、とことんダメなままの自分を愛せばいい。

 

 

 

しがみついて、叶わなくて、苦しんで、吐き出して

それでも、どうにもこうにも動けなくて

やっとそこで悟る。

 

気が済んだら、あとは悟るしかないから。

 

「どんなにあらがっても、自分は結局、自分としてしか、生きられないんだ・・・」

ってこと。

 

 

 

そしたら、その先に待っているものがある。

 

 

 

自分の中の変化が、行き着くところまで行って

とうとう動けなくなったそのとき

 

 

自分自身を

ある種、悟ったような状態。

 

 

それは、さなぎの状態。

 

さなぎの状態は、動けないし

はたから見ても、なんの変化も起きていない。

 

でも、自分の内側では、劇的な変化が起きている。

 

内側で起こっているのは

破壊と再創造だ。

 

 

過去も未来も、

成功も失敗も

苦悩も快楽も入り混じり

ひらすらカオスになる。

 

 

それを絶望だと思って

気力を失ってしまうと

そこから先へは行けない。

 

 

でも、そこで

暗闇とカオスに耐え

自分を信じ抜くことができたら

その先には、次の世界が待っている。

 

 

これまで経験してきた「変化」ではない。

 

過去が、あとかたもなく崩れ去る。

 

 

「変貌」

Transformation

 

 

それが、人生で起きる。

 

 

もう、そこにいるのは

過去の自分ではなくて

違う次元で生きるようになった自分。

 

 

生まれ変わる。

 

 

ここで大切なのは、

過去への執着を断つこと。

 

 

執着が残っていると

より強烈な「引き戻し現象」が起きるから

過去の次元にカンタンに引き戻されてしまう。

 

もし、今のままの状態がつづくのを望むなら、もちろんそのままでいい。

 

でも

もし、これからの人生を変えていきたいのなら

 

日々、自分が感じていることを洗い出して

見つめることが大切。

 

 

見たくないものは、見たくない

でも

 

見たくないからって

泥の中に押し込めるんじゃなくて

 

ちゃんと、

手ごたえがあったら拾い上げて

 

ちゃんと水で洗い流して

 

風通しのいい場所で

太陽に当ててあげる。

 

 

そうやって、改めて

まじまじと眺めてみたら

 

 

「そんなに毛嫌いするほどのものでもなかったな」

なんて思えたりする。

 

 

とりあえず、自分を責めずに。

とことんやりつくしていこう、

気がすむまで。

 

 

剣れいや

 


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