手放すことは「愛」手放せないのは「執着」母との共依存を絶った話

 

相手を大切にするということは

時に難しい。

 

 

何かをしてあげたり

いつも一緒にいてあげることだけが

愛ではない。

 

 

「良かれと思って」

何かをしてあげるというのは

 

ときに、相手の人生への干渉につながる。

 

 

相手が自分でできることを奪い

相手が決断したり

チャレンジしたり

失敗から学ぶ

その権利を奪うことになる。

 

 

それは、時に

とても罪なことだと思う。

 

 

なぜなら私たちは

経験し、学ぶために生まれているから。

 

 

 

それを腹の底から実感したのは

私が母との共依存を絶ったときだった。

 


 

 

母は、自分の夢を捨て

私にすべてをかけていた。

 

「お前は私の代わり」だと

面と向かって言われたこともある。

 

 

母は口では

「好きなことをやれ」

と言うけれど

 

行動ではさりげなく

「母が理解できない世界に行くな」と

メタメッセージ(無意識レベルのメッセージ)を送ってきていた。

 

 

私は幼い頃からずっと

母の夢を自分の夢として

必死で生きていた。

 

しかし、あるとき

その人生に限界がきた。

 

 

必死で信頼を得ながら

人脈を築きあげた仕事も

生きていること自体も

何もかも投げ捨てたくなった。

 

すべてが嫌になった。

 

偽物の自分が作り上げてきた世界を

ほんとうの私は、気づいていた。

 

 

私は母の人生を背負うのをやめ

自分の意思で生きることを決めた。

 

 

そして、母との連絡を絶つと決めた。

エネルギーの糸を断ち切る必要があった。

 

 

母は泣き落としのような手段を使ってきた。

しかし、私は揺らがなかった。

 

 

これ以上、自分の人生の問題を

母のせいにしたくなかったから。

 

 

誰かに文句を言い続ける人生と

決別したかったから。

 

 

 

数ヶ月後

母は、LINEスタンプのクリエイターになっていた。

 

 

正直、信じられなかった。

 

 

母は、日頃から

「自分では絵が描けないから」と言い

 

何かあるとすぐ私に

「イラスト」を描いてくれと言ってきた。

 

 

母は、ほんとうは自分でやりたかったのだ。

 

しかし、自分で自分に

「描いていい」という許可を出せなかったのだ。

 

しかし、ついに母は

ずっとやりたかったことを始めた。

「自分でもできると思っていなかった」というメールが来ていた。

 

 

私が手を離したから

母は、自分の人生を歩み始めた。

 

 

そしてそのとき

 

母のせいにしていた過去の私は

「ただ必要とされたかっただけだった」

ということに気づいた。

 

本当は、寂しくて、苦しくて

とにかく振り向いてほしかっただけなのだ

 

 

 

 

 

私は、その体験をとおし

手放す、断ち切る愛が存在するということを知った。

 

 

私は、

母の課題を母に返し

 

母とつながっていた

エネルギーのヘソの緒を断ち切り

 

母の手を離した。

 

 

母の権利を、母に返した。

 

 

自分で決めて

チャレンジしたり

失敗したり

成功したり

落ち込んだり

喜んだりする

その権利を。

 

 

当時は、心臓がバクバクするほど怖かった。

とても勇気が要ることだった。

 

 

30年以上当たり前だった

私の基盤になっていた

その関係性を捨てるのは

 

基盤が根底から破壊される

そんな感じの恐怖だった。

 

 

でも、実際にやってみてわかった。

 

 

手放すことは、愛であり

手放せないのは、執着だ。

 

 

母には母の人生が戻り

私には「ほんとうの自分の人生」が戻ってきた。

 

 

 

断ち切ること。それこそが

私が示すことのできる唯一の

「真の感謝」だったのだと

今では理解している。

 

 

 


 

しかしこれで終わりではなかった

 

 

 

 

 


 

追記 2020.7.13

油断は大敵である。

話は単純なものではなかった。

 

 

私が油断した瞬間、またパイプは繋ぎ直されていた。

 

 

過去の世界へ引き戻すための布石

すっかり気がゆるんだ私は、その伏線に気づかなかった。

ハラスメント界の手口。

 

 

それは

「相手にとって断る理由が思いつかない申し出」

をしてくることである。

 

相手にメリットがあるかのようなものとして差し出される。

だから受け取り拒否をするタイミングを逃す。

 

 

判断基準は明確だったはずだ

 

ハラスメント界に「与える」という概念は存在しないのを知っていた。

 

与えることは、其れ即ち「奪う」ことである。

 

 

社会経験

自分で判断すること

自分で乗り越える力

 

 

すべてを奪われ

「与えられたもの」でやっていくだけの人生

 

 

それを例えるなら

「飼われている」ということである。

 

 

 

頭で分かっていても

ハラスメント界の流儀は、スキをついてくるのだ。

敵は、自分の内にあったというのに・・・

 

 

 

そして、その糸は約4年後、

私が人生の転機を迎える、ここぞという時期に

 

申し合わせたかのようなタイミングで

たぐりよせられそうになった。

 

 

パートナーに助言をもらえなかったら

まんまと時間を奪われていたところだった

 

 

とても危ない橋だった

 

 

そして、私には

共に戦うパートナーがいて

姿勢を見せるべき仲間が存在することが

どれだけありがたいことか痛感した。

 

 

過去の流れは、

まるで意思をもった存在であるかのように

連携プレーでやってくる

 

親戚、親族、古い友人、過去の人間関係

 

しかし、そこに人の意思はなく

連綿と受け継がれた

 

生物濃縮された歪みという名のプログラミングだけが存在する。

 

 

だからこそ、

自分が覚悟を決めてさえいれば

本来、怖れる必要のないものだ。

 

 

相手は

怖れを基盤にして組み上げられたプログラミングなのだから。

 

 

自分の意思で歩け。

そうすれば道はひらける。

 

 

そうだ。

 

 

自分の足で立ち

自分の気持ちは自分で受け止め

自分の意思で進んでいく。

 

 

 

それ以外に、

自分を守る方法などない。

夢を叶える方法などない。

 

 

 

 


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