「他人のために生きるスイッチ」を切る。引き裂かれた自分を癒すココロの旅

いつから人は、純粋に自分のために

生きられなくなるのだろう。

 

やっと自由になれたと思ったら

いつのまにかとらわれている。

 

もうそれは

物理的な要因からはかけ離れた「なにか」によって。

 

 

 

 

なぜ、純粋に

自分のために生きられなくなったのだろう。

 

それは、「思い出せない」ほど遠い記憶。

 

 

いや、

「思い出せない」のではなく、

「思い出したくない」のかもしれない。

 

 

いやむしろ

「思い出したくない」のではなく

 

ほんとうは

「思い出したいけど、思い出してしまったら困る」

のかもしれない。

 

思い出してしまったら

何かが壊れてしまう気がする。

 

何かが崩れ去ってしまう気がする。

 

 

だから、思い出せないように

深く深く、埋めたのかもしれない。

 

何重にも、鍵をかけたのかもしれない。

 

 

しかし、これから先は

その生き方をやめなければならない。

 

 

なぜなら、

見たくないものを封印することで

自分を裏切ってきたから。

 

 

どんな表面上の喜びも

どれほどの富や名誉をもってしても

 

決して満たすことができない

 

かき消すことも

ごまかすこともできない

 

 

 

 

 

時は、きた。

 

 

いよいよ

「他人のために生きるスイッチを切る」時が来たんだ。

 

 

 

これまで無理だったとしても

こんどはきっと大丈夫。

 

 

 

時代が、後押ししている。

 

 

ひとりひとりが

「ひとり」になることを。

 

 

 

 

幼い頃

誰かの苦しみや怒りをやわらげるための存在として

必死になっていたときのクセ。

 

 

放っておけば

そのクセと

自分のなかの「さみしい」

はタッグを組み、

 

 

ある種の暴走をつづけていく。

 

 

「この人の心をやわらげて、明るくすれば、愛されるのかもしれない」

「キライにならないでくれるかもしれない」

「いっしょにいてくれるかもしれない」

「こうげきしないでいてくれるかもしれない」

 

 

もしかしたら

無意識に

 

かすかな希望にすがりながら

生きてきたのかもしれないけど

 

 

 

でももう、

そんなことしなくて、いいんだ。

 

 

 

 

私たちは、

他人から愛を乞うひつようはなくて、

 

自分で自分を愛してあげればいいんだ。

 

 

 

誰かに、

いっしょにいてくれと懇願する必要はなくて

 

自分自身と、いっしょにいてあげればいいんだ。

 

 

 

もしも誰かが、私たちを攻撃してくるならば

 

相手の怒りを受け止めたり

和らげる必要はなくて

 

 

ただ静かに、その場から去ればいいんだ。

 

 

 

自分の中に眠っていた「怒り」なら

誰かにぶつける必要はなくて

 

その怒りを自分で受け止め、

前に進むためのパワーに変えればいいんだ。

 

 

 

 

過去の傷は、癒えなくても

しっかり見つめて、

存在を認めてあげて。

 

 

そして、その傷と共に生きるのだ

この先の未来を、堂々と。

 

 

 

罪悪感があるなら

嫌がって、もがいたりしなくていい。

 

 

その罪悪感ごとひっくるめて

ありのままの自分だ。

 

そのままの自分を受け入れ、誇り高く生きればいい。

 

 

 

身動き取れないほど苦しいのに

自分の内側と向き合い、闘い続けている人へ。

 

 

 

自分自身の尊さを知って欲しい。

 

 

 

自分で自分の苦しみを受け止めることで

連鎖を断とうとしている自分の尊さを知って欲しい。

 

 

 

多くの人は、自分の内側から目をそらすために

あらゆるものにすがり、依存して生きる。

 

 

誰かとの関係性を

自分の内側を見ないための道具にしてしまう。

 

 

そして、それをされた側の

怒りと悲しみは増幅し

そこから連鎖がはじまる。

 

 

 

 

 

しかし、それに気づき、

自分からその生き方を止めようと

努力しはじめた瞬間から

 

 

私たちは、負の連鎖に加担しないと決めた同志になる。

 

 

 

 

私もまだまだ戦い続けるけれど

これまでの戦いで得たヒントを共有しながら、これからも進んでいく。

 

 

きっと、一生戦い続けるんだろうと思う。

 

 

だから、振り返っていたら、前に進めない

立ち止まって手を差し伸べることもできない。

 

 

そんな自分に苛立ちを募らせたこともあった。

 

 

 

今、私は前に進む。

前に進むことでしか貢献できないのだと理解した。

 

 

 

みんな、それぞれ役割がある。

だから、人と比べてはいけない。

 

 

自分にしかできないことを見つけ

ただひたすら、それに取り組む。

 

 

今抱えている闇を超えたところには

必ず、これまでと違う前提の世界が広がっているから。

 

 

自分の内側の闇と戦う人を見て

闇を超えたことのない人は

笑うかもしれない。

 

 

馬鹿にするかもしれない。

 

 

 

でも、気にしなくていい。

 

 

他人の目なんて気にせずに

 

超えていこう。

 

 

 

他人の足をひっぱることでしか

自分のアイデンティティを保てない人たちと

同じ次元にいる必要などないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

剣れいや

 

 


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