ドン底から這い上がって人生を自らの手にとりもどすRPGのような冒険

私は

「自分の人生を自分の手に取り戻す」というのは

一生かけてやるものだと思っています。

 

「自分の人生を自分の手に取り戻す」

それは、パズルのピースをみつけるように

ひとつひとつ、自分の片鱗をみつけながら進む冒険の旅なんです。

 

私はあんまりゲームはやらないんですけど、なぜか昔の友達にゲーマーが多くて、よくプレイしている友達の横でずっと見ていました。

「自分の人生を自分の手に取り戻す冒険」はRPGに似ています。

 

ただ、ラスボス戦をクリアしたとしても、

それで万事OKで大成功なのかというと、そうじゃないのです。

 

ゲームの世界では、テーマごとに章があったりして、それがまとまってひとつの世界観のゲームになっています。

そして、それを一度クリアしても、もう一回やろうと思えば、繰り返し同じゲームをプレイできます。

しかし「自分の人生を自分の手に取り戻す冒険」は、クリアしたら同じゲームをプレイすることはできません。

 

つまり、まったくおなじゲームを繰り返すことはできないのです。

 

クリアした自分は、レベルアップしている。

つまり「そのゲームをまだ体験していなかった自分」とは別人だということです。

 

何を言いたいのかというと

 

そのゲームをやるまえの自分と

そのゲームをクリアした自分は

別の次元の人間になってるということなんです。

 

なので、つぎの次元(ステージ)では

レベルアップした自分がさらにレベルアップするための、さらに難易度の高いゲームがはじまるのです。

 

これが人生レベルでおきます。

そしてこれはゲームではなくリアルな人生なので

終了ボタンはありません。

 

自分の人生を自分の手に取り戻す冒険は、生きている間、ずっと続いていくのです。

 

「えええーー!なにもしてない今でもこんなにしんどいのに、冒険なんてハードすぎて無理無理!!」

って思う方もいるかもしれませんが、大丈夫です。

 

苦しいのは、知らず知らずに誰かの人生を背負ってしまっているから。

あまりに重くて、自分の人生を生きるどころじゃないのです。

 

私も、自分がそんなに苦しい状況にあったなんて知りませんでした。

 

たとえるなら

2.5人ぶんくらいの荷物を背負って、仕事したり日常のことをこなしたり、趣味のことをしていた。という感じでしょうか。

休みの日は疲れてしんどいのも当然です。

テンション上がるようなことをやったり、誰かに怒りを向けたり、とにかくアドレナリンで麻痺させるしかありませんでした。

 

しかし、それに気づくまでが長かった・・・。

(34年かかったかも)

 

 

そしていいかげん気づいて、

 

背負って来たものを

「やってられるかーーー!!」

と放り出しました。

 

そこからも、しばらく体力を回復するまでに時間がかかりました。

重い荷物を背負っているのがデフォルトになっていたので、降ろしてからはじめて、疲労困憊していたことに気づくんです。

 

もしそういう状況の方がいたら、ぜひぜひ、ここを乗り越えましょう。

「これまで頑張りすぎてたんだな・・・」と自分をねぎらって。

 

そうしたら、いずれ元気になって

動く気力も湧いてきて

自分の人生に進んでいけています。

 

無気力とか、疲れが取れないとか、

当たり前のようになって

「そんなもんだよねー」となっていますけど、

 

それ自体が異常事態なのです。

 

たとえば野生動物だったら、自分のコンディションが思わしくないと感じたらしっかり休養をとります。

元気で動き回れることが本来の状態であることを、動物たちは体でわかっているからです。

 

なのに過去の私は、重いものを背負いこんで疲弊しながらも、自分の異常自体に気づかず

「まだいける」「まだ頑張れる!」「こんなもん苦労のうちに入らない!」

とばかりに自分を酷使していました。

 

なんというアホらしいことをやってたんだろうと思いますが、やっぱりやっている最中は夢中ですから気づかないんですよね。

限界にくるから、気づける。

 

体や心に不調を感じたときに

「なんでこんなことで・・・!」って自分を責めると、さらに悪化します。

 

不調を訴えてきた体や心に

「教えてくれてありがとう」と言って

すこしでもいいのでゆっくり休んであげてください。

 

 

ゴールがないから、ずっと楽しい。

このブログは、私がドン底から這い上がるプロセスを、私なりの方法で発信したかったというのが根底にある、とお伝えしましたが

 

私も今だに這い上がりつづけています。

 

むしろゴールなんてないと思っています。

 

私が死ぬまでに実現したい世界がどうしてもあきらめきれなくて、胸が高鳴るほうへと、今もめざしているのです。

それは、幼い頃の私が望んでも得られなかった世界。

だからどうしても、大人の私が叶えてあげたい。

 

今思えば、人生を変えようと思い立ったのが2011年。

従業員を辞め「自分が自分のリーダーになる人生」を模索しはじめました。

 

その後、本当に自分の人生を縛っていたものをみつけます。

そして過去の基盤を捨てる決意をしたのが2015年。

過去の人間関係に対して、決別のメールを打つ手が震えていたのを今でも覚えています。

 

「私はもう、あなたたちに依存しないで生きていきます」

 

ただそれだけなのに、

それを宣言するのが本当に怖い。

怖くて怖くて思考が停止するくらい。

「清水の舞台から飛び降りる」っていう表現がありますけど、まさにそんな感じです。

 

手はプルプル、足がガクガクして顔が青ざめてきます・・・。

 

 

でも、勇気をもって決別して本当に良かったと、今思います。

 

当時の自分をほめてあげたい!!

よくやった!!!

 

焦らない、あきらめない。時間をかけていこう

依存界(ハラスメント界)からの離脱には3年かかると言われているようです。

(企業カウンセラーの中尾先生の言葉です)

確かに、離脱したと思ったら似たような状況にどっぷりだった!ということも多々ありました。

少しずつ、自分の中の敵がわかるようになっていくんですね。

 

離脱ができたら、次は基盤をつくる3年。

なので2019年の私は基盤をつくる1年目だったということです。

 

そうすると私にとっては、2021年が基盤づくりの終わりの年であり

そこから次の3年間が、本当の意味で復活した私の時代がはじまるということです。

 

今はこつこつ頑張るのみです。

 

2022年から、完全に復活した本当の私が活躍する3年なのだと、なんとなく、しかしなぜか強く感じています。

 

その頃には、このブログはどうなっているんでしょうね!

 

 

 

しかし・・・

冒険にくりだす前の自分は、未熟だったんだなあ〜と改めて思います。

「自分らしく生きよう!」って決めるだけでいいんだ!

みたいなノリで、もっと簡単に「自分の理想の世界」に行ける気がしていました(笑)

 

でも無知だからこそ、突っ走ってこれて、たくさん経験できたと感じています。

 

ちょっと前までは、無茶して突っ走ってコケていた過去の自分を、恥だとか黒歴史だと思っていたけど、今はなんだか可愛く思えます。

 

それに、トントン拍子に順調にいくことよりも、ずっと大切なことがあると思っています。

目的地をしっかりロックオンしているか?

今、その目的地に向かって進んでいるのか?ということです。

 

大切なのは

スピード(速さ)ではなく、ベクトル(方向)です。

 

この方向を向いていれば、いつか叶う。

そう思える方向を、つねに感じている必要があるのです。

 

目的地さえブレなければ、思うように進まなかろうが、一歩進んで二歩もどろうが、派手にコケようが、恥をかこうが構わない。

 

また立ち上がって、颯爽と歩きはじめればいいのです。

 

 

剣れいや

 

 


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「ドン底から這い上がって人生を自らの手にとりもどすRPGのような冒険」への 1 件のコメント

  1. 一生かけて、という長いスパンで考えると、現実のとらえ方が変わりますね。

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