口では何とでも言えるから。

人は、考えていることであれば、口に出すことができる。

 

人は、イメージしていることであれば、口に出すことができる。

 

 

 

それは、たとえ自分が実行できていないことでも。

 

それは、たとえ本心から望んだ景色じゃなかったとしても。

 

 

人は、その場に直面しない限り

何とでも言うことができる。

 

人は、自分がリスクを負わなくていいのなら

何とでも言うことができる。

 

 

「私だったらこうするのに」

「そのくらいのことなら私でもできる」

「私ならあなたのこと分かってあげられる」

 

 

とか。

口から出まかせに、なんでも言える。

 

 

実際その状況になったら、自分に一体何ができるかなんて、知りもしなくても、言える。

 

 

 

こんなことをしたい。

こうなったらいいな。

こうするべきだと思うんだよ。

 

 

人は、いろんなことを口に出す。

むしろ、口に出すことで、なんとなくやったような気になっている節すらある。

 

 

こんなこと考えてる自分ってすごい

こんなこと思っている自分ってえらい。

 

みたいな気持ちになれるのかもしれない。

 

 

でも、

 

口では立派なことを言うだけで、実際にやっていない人を、私はたくさん見てきた。

言ってることとやってることが違う、そんな人も見てきた。

 

 

それを嫌と言うほど見てきたのは、

子供のころの私だった。

 

 

だから、私は口先だけの大人には、なりたくないと思っていた。

 

 

言ったことはやる。できないことは言わない。

有言実行、むしろ不言実行。

 

そんな生き方に

あこがれていた。

 

ただ、黙々とやることに。

 

 

大人になってみて

子供の頃の憤りが薄れ

 

世の中が思ったほどシンプルでないことに気づいた。

しかし、シンプルでない理由は、大人たちが事を複雑にしているからだ、ということもわかってきた。

 

表向きにわかりやすい信用をかかげ

それが信用されるために、

それが信用されるための信用を作り

それが信用に値することを示す根拠を作り

信用を造りあげる。

信用で塗り固められた、信用の壁。

 

 

私はそんな大人がつくりあげた信用が大っ嫌いだった。

いつも、その信用は

うわべだけだったから。

 

 

私は、これまで

いろいろな場所にもぐりこんできた。

 

大企業が生み出す歪みを、ぜんぶ引き受ける中小企業も見てきた。

 

表向きの信用を守るために

何かを犠牲にする人々を見てきた。

 

そして、信用ってなんなんだろう、と考えてきた。

 

 

大人が信じられなかった私が

大人になって

 

腑に落ちなかったことを確認したくて

いろいろなところに謎解きに出かけていた。

 

 

幼い頃の私がずっと探していた

信用できる大人は、どこにいるんだ。

 

 

いつのまにか迷路に迷い込んだ。

 

そして、何年にもわたってさまよいつづけた先に、気づいた。

 

 

幼い私がずっと探していた

「信用できる大人」は

 

外側に探しても、見つかるはずがなかった。

 

 

なぜなら、幼い私が何年も何年も探し続けていたのは

 

信用できる「大人の私」だったからだ。

 

 

 

 

幼い私は、

私自身を信用できなかった。

 

ずっと、私が、私を裏切ってきたから

 

 

幼い私の謎を解くため、というのも

じつのところ大義名分であり

 

ずっと外側に目を向け続けるのが目的だった

 

 

 

 

置き去りにされてきた

幼い私は

 

ずっと大人の私を疑っていて

ずっと大人の私を信用しなかった。

 

 

いつか、大人の私が振り返ってくれると思っていたけど

期待しただけバカだったと。

 

口では

大切だよとか

もう安心していいとか

愛しているとか

 

言うくせに

 

行動がともなっていないから。

嘘だってわかるんだ。

 

だから、幼い私は

 

大人の私に絶望する。

 

 

なんどもなんども

今度こそ、今度こそは

信用できるかもしれないと

 

一縷の希望をたくしてみるけれど

 

 

これまで、ことごとく裏切られてきたから。

 

もう信じない。

 

もう何を言われても

心をうごかすものかと。

 

かたく、かたく

心を閉ざしていた。

 

 

幼い私は、だれよりも

私を知っていて

 

どんな小さな嘘も見抜く。

 

 

そろそろ、ここから先を書くのをやめよう。

 

これからは、こうしようとか

今度からは、こう生きようとか

 

もういい。

 

 

言葉に出すより先に、実行だ。

 

 

 

 

 

剣れいや

 

 


はじめての方へ
つるぎれいやのプロフィール

 

9/7 おしらせ
現在、当サイトはリニューアル工事中です。
表示が見づらいときはページを更新していただくか、時間をおいてアクセスしてみてください。

「口では何とでも言えるから。」へのコメント

コメントはありません

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です