闇と情熱のテーゼ〜闇落ちインテリジェンス〜【ハロウィン月間】

【このコラムについて】
ハロウィンシーズンに闇の世界から光を眺めて描く創作物です。
一風変わった記事としてお愉しみいただけましたら幸いです。


本質を見誤って進む亡者の群れは

物音に慌てふためく一頭に

盲目的に同調し突き進む

ヌーの群れのごとし

 

 

こんばんは。

ブラック・れいやです。

 

 

ハロウィン月間(9〜10月)は
不定期にブラックれいやが現れて語ります。

 

どうぞお見知り置きを。

 


 

今日は

年代物の逸品。

 

情報と闇の意外なお話を

お目にかけようと

ここに持参した次第なのです。

 

 

 

はい、私ですか?

 

 

奇妙な珍品を売り歩く、しがない港町の貿易商といったところです。

 

 

古今東西、

世にも珍しいもの取り揃えておりますよ。

 

 

 

 

 

最近、ですか?

 

そうですね。

 

” 世にも珍しい価値観 ”

 

が人気を博しております。

 

 

まあ、通の間でしか取引されないんですけどね。

 

 

 

 

 

そういえば先日、ある人に聞かれました。

 

 

 

情報化社会と言われて久しい昨今

 

氾濫する情報の海に溺れ

路頭に迷う

何人もの廃人をみてきた。

 

なぜ彼らは、そこまでして身を持ち崩したのだろう?

 

 

なんとも皮肉な話ではないですか。

 

 

幸せになりたい

もっと充実した人生を、と

 

最初は皆

豊かになるために

情報を探し求めてたはずでしょう。

 

 

しかし、気づけば

 

安心したい

楽をしたい

 

そのためには

溺れるほどの金銭や愛がほしいと。

 

 

いつのまにか

目的がすり替わっていることに気づかない。

 

 

人は、悲しいかな

外側から焚きつけられた

欲望を

なかなか己の意思では消せないのですよ。

 

 

己の内側に生じた

魂からうまれる

かすかな情熱の火なら

 

いとも簡単に踏みにじれるというのに。

 

 

皮肉なものです。

 

 

 

そして、

たえまなく湧きいずる

欲を満たすための泉が

 

情報によって手に入ると

誰もが思い込んでいるのですよ。

 

 

そして、これから先も続いていくのです。

 

生まれ出でて

そして、

誰もがその存続を望んでいる

 

この情報の海はすでに

おさまることはないのだから。

 

 

情報の海に放り出された

孤独な民の末路は

いかなるものでしょう。

 

 

人が知恵をもつということは

楽園から出ていくに等しいことだと

 

どこかで聞いたような気がしますけれども・・・

 

 

 

ただね

私は思うのですよ。

 

情報に罪はないと。

 

情報の海に溺れ

「廃人」と化したように見える人々は

 

情報の海に溺れたのではなく

 

己の魂の声を無視し

己の欲に溺れたのですよ。

 

 

だって考えてもごらんなさい。

「情報」なんぞに、

人を溺れさせるような

 

そんな力はないのですよ。

 

 

この星にひろがる

神秘の海と

情報の海では

存在そのものの次元が違うのですよ。

 

 

人は、外側のものに翻弄されているように見せて

 

実のところ

己の弱さによって

魂を死の淵に晒し

 

己の欲に溺れて

悪魔に魂を売り渡しているのですよ。

 

 

我々の中にある

それのほうが

 

 

何万倍も、いや

 

何億倍も・・・

いやいや

 

数字になどできないほどの

価値があるというのにね。

 

 

魂のディスカウントセールは終わらない。

 

それを売り続ける人がいるかぎり

悪魔も取引をつづけることでしょう。

 

 

そのマーケットを、私たちはどうすることもできないのですよ。

当人たちが、それを求めているのだから。

 

どうにかしようととび入るならば

 

当人たちは場所を変えて

また取引を続ける。

 

 

だから、気づかなければならないのは我々のほうなのです。

 

欲に溺れる人を救うこと

それ自体を、あきらめなければならないのだと。

 

 

 

と、ここで私の話をさえぎって

 

その人はこう言うのでした。

 

 

目の前で堕ちていくやつを

見捨てろと言うのかい。

 

 

もちろん

見捨てるのではないのです。

 

 

見守るのですよ。

彼らの選択を。

 

 

彼らはそれを望んでいるのだから

奪ってはならないのですよ。

 

経験は

誰にも奪えない。

それは堕落の経験ですらも。

 

この世に生きる者の

自由意志を奪うことは

神にすらできない技でしょう。

 

ただひとつ

できることがあるとすれば

 

他人に目を向けるより前に

 

己の欲と

魂の願いを

取捨選別し

 

己の魂を磨くことでしょうかね、

 

己の魂を磨くとですね

不思議なことが起きるのですよ。

 

私の売り歩く品と違ってね

魂は、磨けば磨くほど

光を放つのですよ。

 

盲目的に欲に溺れている人には

この世界にただ、

己の欲しか見えていないのですけれども

 

 

まだどこかに

違和感やら

心の迷いがあって

 

欲ではない何かを探そうと

希望を見出そうとしている人も

 

中にはいましてね。

 

 

己の魂を磨き続けていると

 

まれに、そういう人に

光が届くこともあるのですよ。

 

 

ただね、

人に届けたいから

磨くとなると

 

気が散りますからね。

 

心の隅にとどめるくらいにして

 

まずは自分と向き合うしか無いのですよ。

 

 

 

まったく色気のない話だな。

 

その人は、そういい捨て

去っていきました。

 

私はひとり芝居をつづけることにしましょう。

 

 

 

人を救いたいという

高尚にみえる願いすらも

 

つきつめれば

己の欲だったりするのです。

 

 

 

 

己の無価値感を持て余し

人を救うことで価値を見出そうとする

 

そんなこんがらがった欲が

そこらじゅうに転がっているこの世界ですよ。

 

 

 

 

さて、私の無駄話もこれくらいにしましょうか。

 

 

私の売り歩く

古今東西の世にも奇妙な珍品が

 

どれだけ価値の無いものであるか。

 

 

あなたにも

お判りいただけましたでしょう。

 

 

そうです。

魂と違って

 

品は、いくら磨いたところで

綺麗になるくらい、ですからね。

 

 

 

 

 

剣れいや

 

 

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この記事を書いた人

「枠を超え、変化し続ける」を実践してます。

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