羨ましい人を見ると文句を言いたくなる。あなたが本当に望んでいるコト

輝いている誰かが、妬ましく腹立たしく感じる時

 

なんだかみじめな気持ちになって

自分がとてもちっぽけに思えて

 

私は努力しても、ぜったいあんなふうにはなれない・・・

気分が落ち込み始める。

 

もしくは

 

お腹の底から、ふつふつと何かが湧いてきて

なんだか、文句を言いたくなる。

 

その、うらやましい人の、ほんの小さなミスや

自分の方がうまくできることを見つけ出して

 

批判したり、いちいち細かいところに文句をつけたくなる。

 

 

 

そういうとき

どんな気持ちだろう。

 

 

羨ましい

羨ましい

くやしい

 

あの人は特別だ

あの人は天才だから

やっぱり持ってるものが違うんだよね

 

私なんて

私なんて

 

私なんて

 

 

 

もっと思いっきり、その気持ちを感じよう。

これ以上出てこなくなるまで。

 

 

そしたら、こんどは違うイメージをしてみよう。

 

うらやましいあの人と、体を入れ替えてみる

 

一瞬でいい、輝いているその人を、自分に置き換えてイメージしてみてほしい。

 

その場所で、堂々と自己アピールし、コミュニケーションしている自分

思いのままに自己表現し、パフォーマンスしている自分

セミナーを開催し、独自のノウハウや理論をわかりやすく展開している自分

美しさや魅力を全開にして、存分に発揮している自分

自分の哲学や思想を社会に向けて発信している自分

 

大衆の目にさらされ、賞賛と同時に批判も受けて

それでもなお、怯むことなく輝きを放っている。

 

一瞬でもいい。騙されたと思って

自分が「その人」であると思ってほしい。

その人と同じ立場で、自分が輝いている姿をイメージしてほしい。

 

それをしている自分の中に、沸き起こっているものは

 

どんな感情だろう。

 

 

嬉しさもあるかもしれない

賞賛されることは喜びでもある

 

しかし、どんなに素晴らしいことを成し遂げようが

最低でも20パーセントの人は批判してくる。

 

80対20の法則というものがあるからだ。

 

輝く人は、目立つ。

目立つ人は、批判にさらされるものなんだ。

 

 

だから、批判から逃れることはできないと思ったほうがいい。

傍観者は、何とでも言えるのだ。

だって他人事だから。

 

表舞台に立つ人が、批判を無くしたいと思っても

影でどんなに努力したところで変わらない。

 

評価とは、努力に比例して得られるものではない。

 

でも、批判がなくならないのであれば

努力をやめてもいいのかというと、そうではない。

 

努力は常に必要になるものであり

その努力と自己鍛錬からにじみ出る風格が、存在感として醸し出される。

 

好きなことでなければ成功できないと言われる理由はそこにある。

努力が苦痛になってしまうような分野ではプロにはなれない。

 

しかし

最大限の努力をしていても、一部の人は

重箱のすみをつつくように細かなアラを見つけて批判してくるものだ。

 

どんなに自分の目指す未来に向けて頑張っても、

ケチをつけてくる人たちの心ない言葉。

それらを浴びながら、それでも輝きつづけなければならない。

自分が自分であるために。

 

 

そんなとき、一体どんな感情が湧いてくるだろうか。

 

 

輝いている人たちは、その感情を克服しつづけ、そこに立っている。

 

誰にも見えないところで

誰にも見せられないような

情けない姿になりながら

ボロボロの、絶望の夜に震えながら

自分自身を固く固く抱きしめ

拳を握りしめ、歯を食いしばり

苦悩し、悔し涙を流し、怒りをしずめながら

 

こんなことで引き下がるものか

きっと自分自身を幸せにしてみせる・・・!

 

そう決意を固め、よろけながらも立ち上がり

再度、表舞台に出るときには颯爽と現れて

多くの人々に輝きを届けているのだ。

 

その影の努力なくして、表に立つことはできない。

 

「うらやましい」

という思いは

「自分なんかにはできっこない」

という考えとセットだ。

 

でも、自分に興味の無いことを

うらやむことはできない。

 

自分に正直になって

くやしい気持ちを感じながらも

 

「本当は自分も輝きたいんだ」

 

声に出して、そう言ってみる。

 

 

 

その人のように輝く自分を

自分に許可できたとき

 

これまで、うらやむだけだった「輝いている人」と同じ道を歩み始めることになる。

 

 

そのステージまで行くと、あることに気付く。

「過去の自分は、他人の文句を言うことで暇つぶしをしていたんだ」という事実に。

 

自分の人生を生きていない時点では、どんなにシゴトが忙しくても、本質的には暇だ。

 

だって自分の人生の舞台は手付かずなんだから。

 

いつまでたっても主役が出てこない舞台。

それが、どれだけつまらない物語なのか、想像つくだろうか。

 

 

 

輝くための道を歩み始めるステージになると

もう、うらやましいとか言っている暇がなくなって

自分のやるべきことに集中するだけの世界が待っている。

他人の言うことが気にならなくなってくる。

 

だって、なんと言われようと、やるしかないから。

 

試行錯誤の連続

トライアンドエラーを繰り返し

正解のない道をただ必死に歩き続ける。

 

大変そう?

でも

すべてを自分で決められる。

 

これまでにない楽しみ方だ。

これでこそ我が人生。

 

失敗も成功も自分の責任。

これぞ自由。

 

 

 

自分に正直に生きよう。

 

批判が気にならなくなる場所まで、突き抜けよう。

 

 

 

剣れいや(つるぎれいや)

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