人生の主導権ってなんだろう?黒歴史の箱をあける勇気とは

こんにちは。
剣れいや(つるぎれいや)です。

 

この前ふと、

「主導権が自分にある」という言葉は、勘違いされやすい言葉かもしれないな

と思ったので

 

今回は「人生の主導権が自分にある」という事の、本当の意味から、

主導権をとりもどすために必要なヒント

黒歴史の箱を開けることについて、書いてみたいと思います。

 


私は、4年前まで、完全に自分軸を失っていました。

社会の要求に応えるのが人生だと思っていました。

 

それによって喜ばれるから、自分には価値があるのだと。

 

それ以外のこと、つまり、

誰かの役に立たないことは、

やる意味のないことだと思っていました。

 

 

その果てに

結果を出しているのに嬉しくない

喜ばれても、充実感がない。

ついには、

生きている意味を感じられなくなってしまいました。

 

 

これはやばいぞと思って

その頃から、軸を自分に戻すということに取り組みはじめました。

 

振り返ってみて感じるのは

 

苦しみの原因は

人生の基盤すべてが他人軸だったこと。

 

すべては、これが原因だったということです。

 

 

 

 

「主導権が自分にある」という言葉は、

勘違いされやすい言葉だと思います。

 

 

主導権が自分にあるというと

 

「誰かに命令できるようになる」とか、

「状況を自在にコントロールできるようになる」

ということだと、捉えられるかもしれません。

 

でも、実はそれらは自分軸ではないんですね。

 

なぜなら、周りをコントロールしようとしている時点で

周りに左右されているからです。

 

本当の意味で

「主導権を取り戻す」というのは

 

自分の人生を、心から望んでいる方向に

自分の意思で軌道修正していけるということ。

 

過去の人間関係や、現在の状況を元にして

周りをコントロールしていくという発想ではなく

 

自分の中心の純粋な望みから、

本当に望んだ方向に向かっていくために

発想を転換し

現状を超越していくことです。

 

 

この表現は、私自身が自分軸をとりもどそうと奮闘している時に

何度も聞いた言葉なのですが

 

実際に腑に落ちるまでに、ほぼまるまる2年かかりました。

 

そして、腑に落ちる、つまり

「コレか!!わかった!!」状態になるためには

ひたすらトライアンドエラーしかない。

 

経験を積んで、失敗から学び

再チャレンジをしていくしかない。

 

そしてわかってくると、不思議なことに

過去のあらゆる出来事が、

まるでパズルのピースがはまるようにつながり、全体像が見えてくる。

 

別の例えをするならば

これまで葉っぱが点在しているようにしか見えなかったのが

枝が見えてきて

すべては有機的につながっていたことに気づかされるのです。

 

自分軸にもどし、人生の主導権を取りもどすためのヒント

経験を積んで、失敗から学び

再チャレンジをしていくしかない

 

と書きましたが

とにかく経験すること、体感することが最重要でした。

 

知識だけでは、何も変わりません。

知識は、ツールでしかないからです。

 

「一流の料理人になりたい!」と思った人が居たとして

一流の道具を揃えようと思い

一流の鍛治職人がつくった素晴らしい包丁を手に入れても

 

自分で実践し、修行し、成長していかなければ

夢を叶えたつもりになってる「いい包丁コレクター」状態です。

 

とにかく経験しなければ始まらない。

経験こそが財産なのです。

 

その経験というのは、

今の自分が価値を感じている成功体験だけではなく

 

目を覆いたくなるような

ほんとうに黒歴史としか言えないほどの失敗経験

だまされた、とか、やらなければよかった

と思ってしまうような経験もふくめ

 

経験すべてが財産なんです。

 

ここが落とし穴だと感じたポイントなのですが

成功体験、よかった経験だけ大切にして

後味の悪かった経験を記憶のかなたに葬ってしまうと、

パズルが完成しないんです。

 

なので、黒歴史とか失敗談として、

意識の隅に葬っていることがあれば

それこそが宝の箱かもしれないんです。

 

どんな酷い経験も失敗も

一度しかない人生にとって、かけがえのないパズルの1ピースだからです。

そして、そのピースが、実は

自分の望んだ世界へたどり着くための重要なアイテムなんです。

 

なぜこんなことを書いているかというと、

この黒歴史レベルの経験を受け入れられるかどうかで

「人生の主導権がとりもどせるかどうか」が別れると感じるからです。

 

 

もし、「最後の1ピースがみつからない!」と感じて焦って、

外側を探している方がいれば

伝えたいのです。

 

最後の1ピースは、これまで見ないようにしていたものかもしれない。

部屋の隅に、クローゼットの奥に葬っている

その黒歴史の箱かもしれないですよ、と。

 

見るもおぞましい

ホコリをかぶった、きたない箱に見えても

 

勇気を持って、箱をあけてみると

思ってもみなかったヒントが入っているかもしれません。

 

その勇気を持てた時はじめて、

ごほうびとして、次のステージへの扉が開くのです。

 

その先に待っているのは、

勇気を出して箱を開けたあなたへの

祝賀パーティーかもしれません。

 

 

剣れいや(つるぎれいや)

 

 

「人生の主導権ってなんだろう?黒歴史の箱をあける勇気とは」への 1 件のコメント

  1. はじめまして。
    ブログを読ませていただき、共感するところが多くコメントさせていただきます。
    結果が出ても評価されても嬉しくないこと、すごく共感します。昨年秋頃から自分の人生に責任を持たずに生きてきたことを反省して、自分が見ないようにしてきた自分の嫌いなところと向き合う時間を作り、試行錯誤しています。
    あとは覚悟と一歩踏み出す勇気だけです。
    更新楽しみにしております。

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